Memorial ConferenceVIIすまいとくらしの再建 DRS
Memorial Conference in Kobe VII 〜 すまいとくらしの再建 −わたしたちの場合−

豆たん風呂顛末記
芦屋市 小林 まゆみ

 二月一日、「バンザーイ」水が出た。食器がきれいに洗える。頭が洗える。土付き野菜も食べられる。
 水が出るなら貸してあげようと、二月六日、野菜生産者がひのき風呂をライトバンに乗せて、一人で運んで来てくれた。昔の湯豆腐のおけを拡大したようなものである。大正時代に作られて、あまり使われないままに保存されていたのを昨年末に他人から譲り受け、一度、寒空に満天の星を見ながら入ってみたとのこと。正式名はわからないので、我が家では「豆たん風呂」と呼んだ。米国製豆たん(バーベキュー用で六〇〜七〇個入り四〇〇円)も持って来てくれた。昔の日本製より軟らかくて少し小さく、値段も安いとのこと。一袋近く燃やして四時間ほどで沸くだろうとのこと。時間はかかっても四〇〇円で家族四人が入れれば安いもの。風呂おけを洗って、水漏れを防ぐために上まで水を張って二日待てば、木が水を含んでふくらみ、漏れる心配もなくなるという。
 二月八日朝、家族三人に「今日はお風呂の日」と宣言する。夕方四時ごろから準備を始める。豆炭五〜六個に火をつける。煙突をはずす。上からのぞき込みながら、火ばしで豆たんを挟んで落とさないように入れる。表面に点火剤が付いているので、しばらくはボーボーと燃え上がる。豆たんは燃えた後の灰が多く、すぐ灰で底が詰まって火力が落ちる。二〇〜三〇分ごとに下から灰を落として、空気の流を良くし、新しい豆たんを入れる。そのたびに、一酸化炭素と臭いで気分が悪くなるので、あねさんかぶりにマスクをして、息を詰めて火加減を見る。時間が遅くなってくると、台所のガスコンロで何回か湯を沸かして足していく。五時間ほどでやっとお風呂のできあがり。
 お風呂を楽しみに、いそいそと帰ってきた家族から歓声が上がる。みんなに入浴心得を中し渡す。一、入る前にヤカンか鍋に熱湯を用意しておくこと、二、奥の浴槽(我が家の元々の浴槽)にまず入って体を洗うと、三、その後でひのきの風呂につかること、四、出たら湯を足して次の入のために炭を絶やさぬこと。
 入浴の順番がそれぞれの好みと性格で決まる。長女が一番に入って、入る準備の仕上げをする。風呂のふたの上に置いた換気扇代わりの扇風機と台を取り、窓を閉める。窓を閉めると豆たんは危ないので、木炭に切り替えるのだ。次に入るのはお客さんが二人ほど(隣人や娘の友達)。その後、次女、私、夫である。なぜ夫が最後なのかというと、体が大きいので、浴槽につかると湯がたくさんこぼれてしまうから。後の人のことを考えて気を遺うより、最後に好きなように入るのが、のびのびできていいんだそうな。
 豆たん風呂に体を沈める。体にひのきの柔らかい感触、木の良い匂い、柔らかい湯あたり。何もかも忘れてしばらくウットリ。体が芯から温まり、いつまでもポカポカ。お風呂から上がってくると、みんな顔がほころんで「お先にゴチソーサマ」となる。
 お風呂をする日はお風呂が一番のごちそうだった。二月八日から三月三日の間に豆たん風呂を六回。豆たん風呂に人った人はみんな、大喜び。私はといえば、後半ちょっとくたびれて、ガスが出るのが待ち遠しくなった。
 このころは、温かい食事と、自分の家で寝られること、そしてお風呂に入れることが、何よりうれしく幸せに感じたものだった。


Research Center for Disaster Reduction Systems, DPRI, Kyoto University
京都大学防災研究所巨大災害研究センター