日本社会に適した危機管理システム基盤構築

研究の全体計画

1. 研究の趣旨

2001年9月11日に米国で発生した同時多発テロでは、まったく予想外の事態に対する社会の危機対応能力が問われた。そして、この危機に対する米国の対応は、「どのような原因による危機に対しても効果的な危機対応できる計画」を持つ一元的で包括的な危機対応システムの有効性を証明した。一元的な危機対応システムは危機対応に必要な5つの機能を明らかにしたICS(Incident Command System)の概念にもとづいて設計されており、米国だけでなく,英国,EU諸国などの先進諸国もICS概念にもとづく危機管理体制を採用している。わが国は先進諸国の中でICS概念にもとづく一元的な危機管理体制を持たない唯一の国である。

わが国でも自然災害の発生が頻発化と激化の傾向を示すだけでなく、予想外のさまざまな原因による危機が増発しており、どのような原因による危機に対しても効果的な危機対応を可能にする包括的な危機対応システムを構築することは急務であり、わが国が行うべき構造改革の一つであるといえる。わが国の危機管理体制の現状を見ると、災害対策基本法にもとづいて自然災害を対象として整備されている防災体制がもっとも包括的である。本研究ではこうした現状をふまえてICS 概念を導入し、どのような原因による危機にも一元的に対応できるわが国の社会風土に適した危機管理体制の構築を目的とする。

研究代表者:林 春男(京都大学防災研究所巨大災害研究センター)

2. 16年度の研究目標

研究2年目にあたる本年度はわが国の社会制度に適した危機管理システム基盤に関する素案の提示を、人材育成システム、組織運営、情報処理、災害対応プログラムの観点について行い、わが国における今後のあるべき危機管理の仕組みを明らかにする。

3. 16年度の研究の概要

1.人材育成システムの開発

本研究は、「人材育成システムの構築」を最終目標としており、1)人材育成プログラムの開発を行うとともに、2)人材育成のための社会制度の検討を@公認インストトラクター制度・標準資格認定試験制度・資格認定員制度・教育プログラム開発委員会制度の各側面からわが国における人材育成システムの素案を検討する。また本研究の契機であるWTCビル災害からの復興過程の追跡調査をはじめとして、研究課題全体の推進にとって有用となる欧米およびわが国の危機管理に関する基礎情報の収集とデータベース構築を実施する。

(1)人材育成プログラムの開発

海外の危機管理研修の実態を視野に入れるとともに、人と防災未来センター、消防大学校、地方自治体が行う防災カレッジ、大学・研究所が行う防災関連講座など、わが国における代表的な人材育成プログラムの実態調査を行い、その内容分析と体系化を行う。

(2)人材育成のための社会制度の検討

a)人材育成のための社会制度の検討
危機管理担当者となるべき人材に対して、短時間でかつ効果的な教育・訓練を可能にする人材育成システムを実現するための社会制度を提案する。昨年度から地域安全学会に設置した「人材育成特別委員会」における、制度・評価分科会・行政・自治体分科会・企業分科会・住民分科会の4分科会での研究活動を通して、危機管理担当者の標準的な人材育成を可能にするために考えられる公認インストラクター制度、標準資格認定試験、資格認定員制度、教育プログラム開発委員会制度について欧米の実態調査を踏まえて、わが国の社会風土に適した人材育成を可能にする要件の抽出を行う。人文・社会科学的な観点で研究する若手研究者と共同して、研究全体の基礎情報となる「ICSを援用する日本の企業風土に適したBCP/BRP基盤構築」「ICS援用時の情報処理基準のあり方に関する調査」「SARSをはじめとする健康危機対応に関する調査」「ICS援用時のGISによる危機情報管理システムプロトタイプ開発」「行政・企業・NPO等における危機管理に関する人材育成方法に関する調査」「公益事業体における1現場型危機対応のあり方に関する調査」「行政・企業・NPO等におけるICS研修方法に関する調査」を収集・分析し、研究全体の情報共有と情報発信のためのホームページの情報を追加更新する。

b)NYと神戸における復興プログラムデータベースの作成
平成13年度振興調整費緊急研究として行ったWTCの崩壊災害の現地調査以来のカウンターパートであるニューヨーク大学行政学研究所(IPA)の協力を得て、WTCの復興過程の追跡調査を実施し、阪神淡路大震災からの復興過程と比較可能な形でのデータベース化を進める中で、日本・神戸と米国・ニューヨークにおける、防災計画・危機管理システムと実際の災害対応・危機対応、その後の都市機能回復に向けた都市施策など、復興施策データベース化を行う。

2.組織運営面から見た危機管理システムの構築

防災関係機関間の協力能力の向上を可能にする組織運用システムの構築を目指して、欧米諸国で採用されている危機管理計画の内容分析とその運用を支える危機管理組織の業務運営実態を調査し、業務ベースで“Incident Command System(ICS)”がわが国の危機対応において採用可能な組織運営の素案を検討する。

(1)危機管理計画の内容分析

一元的で包括的な危機管理システムといっても、一つの機関が危機対応のすべてを担当することは不可能であり、各機関が協力して効果的な危機対応を可能にする仕組みが求められる。本研究の目標は、関係機関間で上手に協力できるための組織運営上の原則や手続きについて明らかにし、関係機関間での協力が可能となる仕組みの開発を行うことにある。本年度は各国危機対応計画において、a)欧米諸国の危機管理計画に関する補足調査、b)日本と欧米諸国の危機管理計画の分析、(c)日本の独自性の抽出を目指す。

(2)危機管理計画のフローチャート分析

米国FEMAの危機対応計画、カリフォルニア州の危機対応計画および英国内務省がまとめた危機対応計画に代表される、ICS(Incident Command System)の概念にもとづいて設計された海外の危機管理計画等について、危機管理計画の内容、計画手法の両面から分析を実施する。分析にあたっては、計画・業務の記述手法として有効であるIDEF0手法やフローチャート手法、また社会統計学的手法などを用いて危機管理計画の内容等を分析する。

(3)危機管理組織の運営手法の分析

本年度は、実働部隊を持たない行政組織の危機管理セクション設置のあり方を検討する。危機管理の守備範囲と組織内部の権限の配置をどう設計するかが問題となる。また、既にIncident Command System(ICS)的側面を有している実働組織と直接・間接に連関する他の社会的ユニット(指定公共機関、学校、企業、一般店舗など)はICS的組織編成ではないが、両者の接続にいかなる問題があるか社会調査によって接近する。

3.情報処理面から見た危機管理システムの構築

一元的な危機管理システムの前提として関連情報の収集・集約・発信システムの一元化を必要とする。本年度は危機管理のための高い品質の情報処理を可能にしている26種類のICS Formsの利活用法、911のニューヨーク同時テロを契機とするGISによる情報統合と共有およびシステムインターネットによる情報発信についての教訓を活かして、わが国における危機管理情報システムのガイドライン作成に向けた基本設計を行う。

(1)インターネットによる情報発信システムの構築

本研究は、自治体から市民に対して発信されるリスクコミュニケーションツールとしての「危機管理情報発信システムモデル」を想定している。この「危機管理情報発信システム」モデルを具体化するために、【関連情報の収集と整理・分析】および【システムの設計と具体化】と区分し、本年度は前者に関するものとして、(a)日本における自治体組織構造の調査と分析、および (b)防災先進自治体における危機管理状況の実態調査、そして後者に関するものとして (c)危機管理発信システムデザインの検討に焦点を当て研究を進めていく。

(2)情報処理書式の整備および危機管理のためのGIS活用法の開発

a)情報処理書式の整備および危機管理のためのGIS活用法の開発
本年度においては、主に次の4つに取り組む。1)シミュレーションモジュールの高度化に関しては、当モジュールを構成するシミュレーション内容のさらなる精緻化を行うとともに、利用者の間のインタラクティブ性を高める。2)e-ラーニングモジュールに関しては、ヘッドマウントディスプレイを用いた没入型3次元VR端末の特性を活かしたインターフェイスの検討を行う。3)アーカイビングモジュールに関しては、昨年に引き続き、過去の危機事例や将来発生しうる危機評価結果に関する情報のデータベース化を行う。4)Web3DGISモジュールに関しては、上記3つのモジュールの改良に対応できるよう再構成を行う。

b)コンバットGIS(緊急対応用GIS)の構築
本GISは従来のハザード特化型の防災GISとは異なり、自然災害や人為災害等の予期せぬあらゆる危機要因に対しても一元的に対応可能な、マルチハザード型のシステムであるという特色を持つ。具体的には、(a)危機要因(ハザード)、時間(フェーズ)、対応活動(コマンド)ごとの空間情報ニーズに基づいて整理された基盤空間情報データベースの構築、(b)被災直後に入手可能なリモートセンシング画像などのリアルタイム空間情報データも含めたオーバーレイ解析、マップ生成を行うことにより、捜索救助活動や避難誘導活動等の緊急対応業務の迅速化・効率化を図ることが可能なシステムの構築を目指す。

4.災害対応プログラムから見た危機管理システムの検討

欧米諸国で用いられるICSでは、治安維持、消防、救命救助、医療活動を狭義の危機対応プログラムとして定義し、これらのプログラムを実行する計画として危機対応計画を定義している。しかし、ICSはそれだけの活動に限定されるものではなく、その後の応急対応や復旧・復興においても活用することが近年欧米でも検討されている。そこでプロジェクトマネジメントの概念枠組みを援用してICSの活用範囲を広げる、と同時に日本と欧米における危機対応のあり方について比較法学的な検討を行う。こうした基礎調査を踏まえて、緊急対応から、応急対応、復旧・復興までの一元的な危機対応を可能にする危機対応プログラムの素案の構築を行う。

(1)被災者対応原則の確立

昨年度に実施したニューヨーク市における2001年WTCビル連続爆破テロ災害時のニューヨーク市およびニューヨーク州当局の災害危機対応行動に関するインタビュー調査結果をもとに,映像アーカイブ構築・語用論的分析を継続し、9.11においてICSはいかに機能したか,あるいは機能しなかったかを明らかにし,あるべき一元的危機管理システムの方向性・原則について理論枠組みの構築を目指す。また欧米各国における被災者支援法制度について比較法学的検討を行う。

(2)災害対応プログラムの開発

本年度は、前年度に継続して米国および英国における被災者対応策の実態の調査、特にEU諸国、ならびに米国世界貿易センタービル災害の事例を中心に、災害対応従事者の側および被災者側の側面からの調査をおこない、被災者対応原則の基本項目の体系化をおこなうとともに、わが国へ適応可能な災害対応プログラムのプロトタイプの検討をおこなう。

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