Memorial ConferenceIV君の証言 DRS
「君の証言」


飯田 直樹 (神戸市立神戸工業高等学校)

 その日は熱がでていて、なかなかねむれなかった。夜中に何回も目が覚めて、ねると必ず頭の中でヘンな場面が、何度もくり返しめぐりそれが気持ち悪くて目が覚めたりもした。4時半ぐらいに一度薬を飲みに台所にいって薬をさがしていたら親が来て、「どないしたん?」と、言ったので、鼻づまりの声で「なんかねられへん。」といい、薬を出してもらって、それを飲み、部屋にもどり上に弟のねている二段ベットに入りねた。目をつぶるとあいかわらず気持ち悪い場面、例えば、つぶれた家から手が出たりしているのがあって、やっと少しねむったかなという状態になったけどまだ意識がかすかにあって、しばらくすると、トイレにいこうかなとか思い出して起きようとしたときに体がゆさぶられたような感じがした。なんでこんな起こしかたするんかなと思い目を開けると自分と弟の勉強づくえがかたむいて、まるでおどっているかのようにはねまわっていて、1、2秒ぐらいたってから、うわっ、これって地震やと思い、ベットが分かれるタイプなので必死で支えていたけどやっぱり落ちてきて思いきり上から弟ごとのっかってきた。うごけなかったので弟に、「はよどけや、重たいねんや。」と、キレてなんとかぬけだすと今度はくずれた部屋のものでドアが開かずとりあえず、つかんでほり投げてドアを開けて、ろうかに出た。むこうの部屋に親たちがねてたので、いこうとすると2m50cmぐらいはなれた所にある洗たく機の中の洗たく物が飛び出していて、足がびしょびしょになった。そのときにトイレに行きたかったことを思い出してトイレにいこうとすると、トイレの前にある洗たく機とかんそう機が重なっているのが前に倒れこんでいてまっくらなので、気づかず頭を思い切りぶつけてしまい、どけてトイレに入った。そのあと、げんかんを開けて外に出て、おとなりの人も出ていたので声をかけあい、無事なことを知って一面ほこり立っている景色を見ると急に我にかえったように落ちついた。すると非常ベルがなりひびき壁にひびが入っていてすげーと思っていた。家族が全員外に出て小学校にいくと友達が何人かいて、大丈夫かなどということをいって、しばらくだまって立っていると急に熱とねむたさでへたりこんでしまった。南を見ると菅原市場が火事で、消化器をもった大人の人が走って向かっていた。そのあと加古川に住んでいるいとこのおっちゃんが車で来てそれにのって、加古川に行き、次の日電車でいこうとするとすごくおそくて、神戸まで1時間もかかった。そこで友達に1人5年生の子が家の下じきになって死んだと聞いて、ショックだった。そのあと小学校の卒業式などをすませて落ちつき、加古川で3年間住み今にいたっている。地震によって失うものもあったけど、それにより得たいろんなものもあった。それらをこれからも大事にしたいと思う。

Research Center for Disaster Reduction Systems, DPRI, Kyoto University
京都大学防災研究所巨大災害研究センター