2013年11月17日(日曜日)に大洗町の第17回「あんこう祭」が大洗町のマリンタワー前広場で開催された。「あんこう祭」とは、特産のあんこうをPRしようとする祭である。
太鼓から始まり、あんこうのつるし切り実演、アニメ『ガールズ&パンツァー』の声優らによるトークショー、大洗町のゆるキャラ「アライッペ」の初披露、また物産展などが行われた。あんこう汁の配布や、あんこう鍋もふるまわれ、多くの来場者が冬の味覚を楽しんだ。
会場以外でも、大洗駅前や、商店街で関連イベントが行われたり、グッズ販売がされていた。今年は10万人もの来場者があったという。これは、昨年の6万人をはるかに上まわった。2011年までのあんこう祭は、多くても5,6千人があつまる地元の祭だったと言われている。それが、アニメ『ガールズ&パンツァー』の舞台となり、2012年10月からアニメが放送されて以来、全国からファンが大洗町のあんこう祭に参加するようになった。
あんこう祭が大盛況に終わった様子からは、震災の爪痕はほぼ感じられなかった。
↑あんこう祭りの会場
↑あんこう鍋 ↑あんこう
今回の『ガールズ&パンツァー』関連イベントは、声優のトークショーから始まり、商店街では痛車、痛チャリのコンテストも開催されていた。
痛車とは、アニメのキャラクターのシールやイラストをラッピングした車の総称である。オタクの痛々しい行為を意味している。ファンは祭の前日から大洗町に集まり、痛車、痛チャリの準備をしていた。コンテストも含めて、手作り戦車、コスプレというファンが自主的な参加により、大洗町を盛り上げた。
この週末、大洗町の宿泊はほぼ取れない状態となっていた。ファンが、観光するだけではなく、共同してイベントの作り手の一員となることは、ファンが継続的に大洗町に訪ねる要因の一つであると考えられる。
↑ファンの手作り戦車
筆者は昨年のあんこう祭のとき、初めて大洗町を訪ねることとなった。言うまでもなく、この一年間、大洗町はアニメによる大きな変化があった。昨年のあんこう祭と今年のあんこう祭の違う所は、マリンタワーというメイン会場の他には、商店街、アウトレット、駅前も会場の一部となったことである。
昨年のあんこう祭では、アニメ放送して1カ月経って、6万人の客数が来るという効果あったが、商店街や駅、会場以外は静かな町のままだった。それからの一年間、ファンが商店街のお店と交流を深めたり、主に地元の方が作った「鹿島臨海鉄道応援団」と仲良くなったりしたことで、今年のあんこう祭は町全体が盛り上がるようになったとみられる。
鹿島臨海鉄道は、大洗を経由し、茨城県の水戸市から鹿嶋市を結ぶ旅客鉄道である。しかし、年々赤字となっていることが問題であった。
今年の7月に大洗町の有志者がこの大洗町の唯一の鉄道を守るため立ち上がった。それが、「鹿島臨海鉄道応援団」である。大洗駅前の空き室を使い、アニメ関連のグッズを販売し、戦車などを展示している。
60代の団長の石田久枝氏は最初に『ガールズ&パンツァー』とは何かまったく分からずに、大洗町に来ているファンとお話ししたら、友達にもなった。石田氏は「次の段階に進まないと、いつまでも『ガルパン』(『ガールズ&パンツァー』の略称)にしがみついていられない、次の段階を何するかということを考えているわけ。で、臨鉄のほうも、『ガルパン』が終わったら乗車客が少なくなるだろう。そのことを踏まえて、応援団をいまのうちにつくりましょう。それで応援団を7月に立ち上げたんですよ」
彼女はペットボトルの蓋を使い、あんこうのグッズを手作りして、ファンにプレゼントしていた。その後、好評により、応援団のメンバーである地元のお母さんたちも一緒に作って、一つ100円で販売している。現在独自の手作り商品も開発している。あんこう祭の日も盛況により、あんこうグッズがすぐ品切れ状態となってしまった。
↑手作りあんこうグッズ
↑急いであんこうグッズを作っているお母さんたち
今年のあんこう祭は、大洗町に従来考えられなかったような数のお客さんがやってきた。マスメディアの取材により全国の話題にもなった。大洗町は津波、原発事故による甚大な震災の影響から、『ガールズ&パンツァー』に始まり、数多くのまちづくり活動が立ち上がっている。
東日本大震災以来、茨城県大洗町は数多くの復興への取り組みを行った。その中で、最も目立っているのは、アニメ『ガールズ&パンツァー』によるまちおこしである。現在は日本各地からのファンのみならず、海外からの客も大洗町を訪れ、アニメの「聖地巡礼」が行われている。さらに、今年は観光庁の第一回「今しかできない旅がある」という若者旅行を応援する取り組みにおいて、大洗町は「奨励賞」を受賞した。
このアニメは一体どのようなアニメなのか、そしてどのような効果があるのか、元々アニメとはまったく違う世界の町民はどのように思うのかについて、考えてみたい。
『ガールズ&パンツァー』(略称:『ガルパン』)は、2012年10月から同年の12月までテレビで放送されていたアニメ番組で、「戦車道」が大和撫子の伝統芸能となっている世界を舞台に、茨城県大洗町の女子高生が戦車に乗って競技するファンタジーである。
大洗町を舞台にしているため、アニメの中では、大洗の町の風景、建物、名産物、人物までが忠実に描き出されている。アニメのファンが、アニメに実際に登場した場所を訪れることは「聖地巡礼」と言われている。ファンにとって、元々は海水浴場や漁業が盛んであったこの小さな町は「聖地」となっている。
アニメ制作会社は大洗町を舞台に決めてから、大洗町商工会青年部に協力してもらったことがある。アニメ関連商品の企画、イベント開催などを仕掛けるリーダーは、大洗まいわい市場の代表取締役、常盤良彦氏である。常盤氏が最初の段階では成功できるかどうか不安だったと教えてくれた。
「僕は別にアニメに興味なかったけど、制作側の関係者からいろいろお話を聞いて、アニメなど調べて『やります』と。脚本読んでいて、面白そうだなとおもって、一緒にやりはじめた。その後、商工会の中の青年部に今度はこういうアニメをやるのを説明した。それは大変だった。だって皆も僕のように誰もアニメ知らなかったから」(2013年1月26日インタビューより)
アニメによってこれほど大きな効果がもたらされることは大洗町の誰にも予想できないことであった。アニメ放送以来、日本各地からファンが大洗町に駆けつけ、大きな経済効果をもたらした。ファンは写真を撮るだけではなく、商店街や宿泊施設の方と話をしたり、町で開催されるイベントにも積極的に参加した。アニメ関連イベント以外でも、今年の7月最初の日曜日は大洗町定例の大掃除の日であり、ファンも自主的に海岸清掃を手伝うために、日本各地から大洗町にきた。ファンの中には「ゴミを落とさなくてもお金は落とせ」と大洗町に対する深い愛情がみられる。
商店街の方にとって、ファンと交流することには、最初は戸惑いがあったが、現在は仲間のような存在である。アニメの中に登場していた旅館「肴屋本店」社長の大里明氏によれば「楽しいよ。すぐお客さんとお話しできるから。すぐつかめる。コミュニケーションのツールとしては最高だね。」(2013年1月26日 大里氏に対するインタビューより)
また、商店街では、数多くの店がガルパンのグッズ、人形看板を置くことで、ファンが入りやすくなったと見られる。また、寿司屋が寿司で作った「戦車寿司」がファンの中で話題となり、和菓子屋の「優勝記念紅白饅頭」と「赤飯」という独自企画した商品も販売されている。店を経営しているのは年配の方が多いが、若いファンとの交流や会話が多い。これをきっかけとして、震災により原発事故の影響で一時期は誰も来なくなった大洗町が活気づいてきた。
町の商工会が主導したアニメまちおこしをきっかけとして、町民も改めて、経済効果だけではない「まちづくり」についての反省を行った。大洗町副町長石井孝夫氏(2013年6月9日のインタビューにより)が「震災をきっかけにして、観光地としての地盤はどうなっているのか反省する機会となった。大洗の絶対的なものは何なのか。今は『ガルパン効果』で、すごく良かった。しかもそれは行政だけじゃなく、たくさんの組織が一緒に頑張っている結果。交流の原点となった」と語った。
このようにして、一刻も早く「被災地」のイメージから脱出したい大洗町はアニメまちおこしにより、次のステップへ進んでいる。アニメまちおこし以外にも、地元の漁師、旅館・宿泊業者、水族館、NPO海の大学、役場なども数多くの「町を活性化する」取り組みを行っている。アニメまちおこしが「契機」を創造し、大洗町にさらに新たな展開を導くことができるのではないだろうか。
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