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京都大学防災研究所 Presents

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近況報告

防災ゲーム:クロスロード(大洗編)ワークショップを開催しました (2014年6月更新) 

 クロスロード(大洗編)を作成して以来、住民の震災体験の共有や防災意識の向上のために、筆者は積極的にワークショップを開催してきました。今回は第3回のクロスロード(大洗編)ワークショップの実施成果を報告します。
 2014年5月23日の午後4時〜6時に「かあちゃんの店」という、大洗町でいつも行列になる飲食店の閉店後の店舗を利用して実施しました。大洗町漁業研究会の若手漁師6名、大洗町の釣り具の店主1人と宿泊業者1人含めて8名が参加しました。NHK水戸の記者の方が取材しにきてくださり、ワークショップの模様は2014年5月24日の昼間のニュースとして報道されました。


ワークショップの様子

 まずは主催者と参加者それぞれの自己紹介を行い、その後、クロスロードについて説明しました。今回の設問は、緊急期の2問と復興期の2問です。実施された設問のもとになった体験を語ってくださった当事者は、みんな参加者の知り合いの方でした。そのため、参加者にとっても事情が想像できて回答しやすく、議論が盛り上がりました。


二者択一の設問に「Yes」か「No」でこたえます

 4問の設問を実施した後、残りの1時間は、3つのグループに分かれて、自分自身の体験に基づいたクロスロード設問をそれぞれ2問作成してもらいました。予想よりはるかに早く、15分以内で完成しました。たとえば、漁師の参加者が下記のような設問を作りました。
 「あなたは漁師。沿岸部にある自宅周辺に津波が来ました。あなたは船を守らないといけないと思うが、家族のことも心配している。あなたはどうする?YESは家族を守るNOは船を守る」
 その結果、YESを選んだ人は4人、NOを選んだ人は5人でした。YESを選んだある漁師は「この間(東日本大震災の大洗町)のレベルだったら、なんとかなるから、東北の場合をみて、今度なんかあったら、家を守るべき」と家族と一緒にいるべきだという意見を述べました。
 一方、NOを選んだある漁師は「船があれば一からやり直せるし、家族らは(自分たちで)なんとかできるから大丈夫」という意見を述べました。

また、復興期の質問もありました。「あなたは漁師。獲れた魚が暫定基準値ぎりぎり超えている。震災後、町の中は食料不足。その魚を近所に分ける?YESは分けるNO分けない」。
 この設問に対し、YESは5人、NOは3人。YESを選んだ方は「話をして、これでOKなら配るけど、嫌なら配らない」、「食料不足なら、飢え死にになるので、基準値を超えたやつを食べる」と語りましたが、NOの方は「食料不足でも、基準値を超えるやつは、食べさせてはいけない」と回答しました。


大いに盛り上がりました

 今回のワークショップは、参加者が東日本大震災の津波避難、原発事故による放射線基準値に対する疑問や不安を、クロスロードという正解がない設問を通じて、考えおよび意見を共有する場となりました。
 参加者の感想として「自分の考えと反対の意見を聞いて考え直せた。いままで自分の意見が間違いないと思っていました。ところが、反対意見を聞いて、そういう風に捉えられるかな、そういう行動もとれるんだなと。」というものもありました。今後も、このような活動を通じて、大洗町の復興や防災に役に立ちたいと思います

京都大学大学院情報学研究科 李フシン

防災ゲーム:クロスロード(大洗編)の開発報告 (2014年5月更新)

 2014年から、大洗プロジェクトでは防災ゲーム「クロスロード(大洗編)」の開発を行っています。「クロスロード(大洗編)」は、東日本大震災の被災地大洗町の住民が災害直後、復旧復興時期までの体験に基づき、作成した設問です。また、それぞれの設問について、文字だけではなく、設問の当事者に協力してもらい、動画ビデオも作製することで、あのときどのように考え行動したのかを紹介できるようにしています。


写真:当事者動画

 また、「防災ゲーム:クロスロード(大洗編)」ワークショップを通じて、大洗町の住民、行政職員、アニメ『ガールズ&パンツァー』のファン、地元の大学生と共に、大洗町の震災経験を伝承・共有し、相互の交流をすることを目指しています。さらに、ゲーム参加者全員が大洗町の復興や防災について学び、議論する機会になると考えられます。

 「クロスロード」は、カードを用いたゲーム形式による防災教育教材です。ゲームの参加者は、カードに書かれた設問(事例)を自らの問題として考え、YESまたはNOカードを示すことで自分の考えを表明するとともに、参加者同士が意見交換を行いながら、ゲームを進めていきます。
 「クロスロード」は、阪神・淡路大震災からの教訓の継承を目的として、開発されたもので、2004年7月に、最初の「神戸編・一般編」が完成しました。「神戸編・一般編」は、阪神・淡路大震災で災害対応にあたった神戸市職員へのインタビュー内容がもとになっており、現実の被災地で神戸市職員が経験したジレンマ(判断に迷う事例、心の葛藤)を素材として教材化されています。

 筆者は2012年11月以降、震災復興支援、「風評被害」などの克服に向けて、大洗町において1年間にわたってインタビュー調査、参与観察を継続してきました。その中で、震災当時の様子から現在の状況までさまざまな体験について豊富な話を聞いてきました。
 その内容は、最大4.7bの津波被害を受けた直後の体験から、原発事故による「風評被害」、「放射能問題」まで、多岐にわたります。そこには、阪神・淡路の被災地と同様、多くのジレンマを見ることができました。また、インタビュー対象の職業もさまざまです。例えば、役場職員、町議員、NPO職員、宿泊・飲食店業者、漁師、釣り具屋、主婦などです。

 このような語りを素材にすれば、また、特に、そこに見られた「ジレンマ」に注目すれば、大洗町の住民の力を借りて筆者が進めてきたインタビュー調査をもとに「クロスロード(大洗編)」を作成することができると考えました。また、それを活用して町でワークショップを開催すれば、当事者の体験や教訓を皆で共有し、町の復興や今後の防災対策を進める上でも役立つと考えられます。

 第1回「クロスロード(大洗編)」ワークショップは、2014年3月29日に、大洗町の「ほげほげカフェ」で行われました。
 「ほげほげカフェ」とは、2012年9月に「大洗応援隊!」が髭釜商店街の空き店舗を活用して設けた集いの空間です。「大洗応援隊!」は、東日本大震災で被災した大洗町の復興支援を行うことを目的に2011年5月に創設されました。
 第1回の「クロスロード(大洗編)」ワークショップには、「大洗応援団!」の茨城大学の教授、学生、そして大洗町の住民2人、「ガルパン」のファン含めて13名が参加しました。茨城新聞の記者も取材しにきてくださり、ワークショップの模様は2014年3月30日茨城新聞に「クイズで防災対応討議 大洗、町民の震災体験出題」として掲載されました。


ほげほげカフェで「クロスロード(大洗編)」を実施する風景

 さて、「クロスロード(大洗編)」の第1問は「あなたは消防団員。大地震が発生し、津波警報も出た。沿岸部で車の避難誘導をしている最中に、20分後に津波が到達するという情報を受けた。あなたは避難誘導をやめて先に避難するか?YES:避難する/NO:誘導を続ける」というものです。
 参加者は悩んだ末に、一斉にYES/NOカードをもってどちらを選択したのかこたえます。答の分布はほぼ半分半分でした。YESの方の意見としては、「消防団員でもあり、しかし自分の命も守らないといけない」、「誘導者自ら道を示すことにより、円滑な避難をうながせる」などです。一方、NOの方は、「団員として任務を果たしないといけない」、「周りのお子さんを抱えてできるかぎり最後までいる」などの意見がでました。
 そして、実際に当事者はどのように判断したのか、この設問を作成する基になった体験を当事者が語る動画を放送しました。その中で、当事者が「逃げる姿を見せることが大事」と語っていたことに同意する参加者の方もいました。

 また、直後の津波避難だけでなく、その後の復興についての設問では、参加者の議論がさらに盛り上がりました。例えば、「あなたは被災地の飲食店業者。観光客を呼び込むために、イベントを企画し、マスメディアでも報道してほしいと思っている。しかし、興味をもってくれた取材記者は、このイベントを「風評被害」の視点から報道したいと言っている。あなたは取材を受ける?YES 取材を受ける/NO取材を受けない」といった質問です。

 この質問についての動画では、大洗町における一連の「ガルパン」による取り組みの主導者であり、ファンの間では「カリスマ」のような存在の方が登場したため、「ガルパン」のファンの参加者が喜んでいました。
 この設問に対し、回答はNOの方が少数で、例としては「別にマスメディアに報道されなくてもちゃんとやれる」、「メディアの影響力が大きくて、伝えたいことがうまく伝われない場合、かなりダメージを受ける」という意見がありました。一方、多数派であったYESの意見の例としては、「話したうえで判断する」、「全体的に積極的に情報発信したい」、「多くの方の目に触れる発言の機会にしたい」などがありました。


参加者が自ら作成した設問を発表する風景

 最後に、参加者を3つのグループに分けて、クロスロードの設問を実際に作ってもらいました。筆者の想像を超える合計8問の設問が完成しました。それらの設問の多くは、参加者自身の体験に基づいた設問です。例えば、下記のような三つの質問があります。

1. 「あなたは専業主婦。こどもたちが学校へ行く途中で、もうすぐ学校に着きそう。しかしそのとき大地震が発生し、15分後津波が来るかもしれない。連絡も取れない。あなたはこどもを助けに行くか、先に逃げる?YES 助けにいく/NO先に逃げる」

2. 「あなたはサラリーマン。パートナーが外資の会社で勤めいて、その会社は全職員が首都圏から退避するという発令した。しかしあなたの会社は通常通りに出勤する方針だった。あなたはパートナーと一緒に避難する?YES 一緒に避難する/NO避難しない」

3. 「あなたは都市のマンション管理委員会の責任者。震災が起こった際に、マンションの周りにいる避難者がマンションに逃げ込もうとしている。しかし、キャパシティ、そして津波によってマンションは崩壊する可能性も考慮しなければならない。あなたは避難者を受けいれる?YES受けいれる/NO受けいれない」

 いずれの設問もリアリティがあり、とても良い設問でした。
 参加者の感想として、「最後に質問作成でお話し合いする機会があってよかったです。よりクロスロードの主旨を理解する事ができた。災害に遭ったときも考えてみたので対処できそうです」、また、「大洗には、ガルパンの目的で来ましたが、たまたまこのようなことが行われることを知りました。災害にあった大洗だからこそ、説得力のある事ができると思います。参加できてよかったです」という声もあった。筆者にとって今後も「クロスロード(大洗編)」の開発していくことの意義に手ごたえを感じられた一日となりました。今後もこのようなワークショップの実施により、大洗町の震災復興、防災に役に立ちたいと思います。

京都大学大学院情報学研究科 李フシン

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