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京都大学防災研究所 Presents

第9回 竹門 康弘さん(京都大学防災研究所准教授)

「環境防災学」(1ページ目/4ページ)
【聞き手 住田功一アナウンサー (NHK大阪放送局)】

カゲロウと棲み分けの理論

住田)竹門先生が所属していらっしゃる学会のリストというのを拝見していますと、日本生態学会、日本昆虫学会、日本動物行動学会と、いろいろあります。そして、国際カゲロウ学会というものにも所属していらっしゃるんですね。

竹門)国際カゲロウ学会のメンバーは、北米、南米、それからヨーロッパ、アフリカと、地球上に広がっています。アジアも、モンゴルから、インドネシアなど、各地にカゲロウの研究者がいます。

住田)このカゲロウというのは、薄い羽の、はかない命と言われるカゲロウのことですね。

竹門)そうですね。短命の代名詞ですね。

住田)このカゲロウにはどのような魅力があるとお考えですか?

竹門)まずは、縁の下の力持ちというか、川の中でほかの生き物に食べられる運命にある、生態系を支えている動物の1つですね。今西錦司という棲み分けの理論を考えられた先生が最初にドクター論文で対象にしたのがカゲロウだったんです。

住田)棲み分けの理論というのはどういうものですか?

竹門)棲み分けという言葉は、今や地方銀行と都市銀行の棲み分けとか・・・

住田)いろんな人間社会で言われますね。

竹門)はい。ありますよね。でも、最初にその言葉を作ったのは、今西錦司という人でして。その方は、あまねく地球上の生き物が、似たもの同士が互いにケンカしないように、場所を違えて暮らしていると。その現象が普遍的であって、たくさんの生物がこの地球上に棲める原理であるという、棲み分けの理論をつくったわけです。
 棲み分けの仕方にもいろんな種類があって、石の表と裏とか、流れの速いところから緩いところにかけてカゲロウの種類が並んでいるというものもありますし、上流の川から下流の川にかけて、上流に棲むもの、中流に棲むもの、下流に棲むもの、それから山の高いところに棲むもの、平地の低いところに棲むもの、そういうふうに棲み分けという現象もスケールでいろいろある。それらを包括的に理屈立てたという方です。

環境防災学

住田)竹門先生の表情がもうにこやかに目がいきいきされていて、生物のお話は尽きないんですけれども、防災と生き物、生物というものがどのように関係があるのか、特に竹門さんがテーマとして掲げられている分野の1つに、環境防災学というものがあります。その環境と防災、これをどう結びつけて私たちは出発すればいいのか、教えていただけますか。

竹門)防災学というと、多くの場合防災施設を造って災害を防ぐというイメージでとらえられがちですけども、本来は、山が崩れたり、大波が来たりするのは自然現象であって、それ自体は災害じゃないはずなんですね。
 けれども、そこに人が町をつくったり、危険なところに住んでしまったりすることによって災害が起こるわけですね。ですから、防災の方法として、「人の側が災害にならないように暮らしぶりを工夫する」ことが、本来の立ち位置として必要な考え方だと思うんです。

住田)なるほど。

竹門)一方で、環境保全ということを考えたときには、災害の原因となる現象を防ぐ施設を下手に造ってしまいますと、いろいろな分断が起きたり、生き物が棲んでいる場所が失われたりしますよね。その意味で、多くの場合、ダムを造ったり堤防を造ったりすることと、自然を保護することとは相容れないものと捉えられてきたわけですよね。
 つまり、環境保全と防災というのは対立図式で見られるという。

住田)私たち、歴史や地理で習うのは、川が氾濫し、川が暴れると。それをどう抑えるかということを、私たちは最初に習った記憶があるんですけれども。例えば、その川、先生のおっしゃる堤防ですとか護岸とかというものがあります。ここまで暴れるという範囲。でも、それって実はグラデーションですよね。

竹門)ああ、そうですね。線で切れるものじゃないです。

住田)切れるものじゃないですね。

竹門)本当に珍しいぐらい大きな洪水のときには、切っていた線よりも上に来てしまうということが起こり得るわけでね。

住田)ええ。つまり私たちが防災という観点からここより先には住まないほうがいいという部分は、実は実線ではなくて、あるときには川寄りだし、あるときには山寄りだし。

竹門)だから、水がしょっちゅう来る場所というのは、言わば危険地帯なんだけど、普段は利用可能だと。そういうゾーンですよね。というのは、日本では多くの場合、そうした場所は水田になってきたんです。

住田)ああ、なるほど。

竹門)水田というのは、何年かに一遍水没しちゃうかもしれないけど、ときにはタイミングによっては、収穫が落ちるかもしれないけど、運のいい年には逆にそういう土地柄だからこそ良いお米ができると。

住田)肥沃でね、いいお米ができると。

竹門)ええ。それが、もともとの知恵ですよね。要するに、今までは人の社会を守るためにどれだけの経費が必要かと。災害はマイナスであって、そこにはプラスの価値というのはカウントしなかったわけですよ。けれども、地形の変化によってもたらされるプラスの面というものにも光を当てれば、土地として、土壌にせよ、水にせよ、動くことを許容する場所を持っておくということが、経済的にどのぐらいプラスになるかということも考えられますよね。

住田)なるほど。そこに新しい生物が生まれて、育って、それがもしかしたらいろんな資源になるかもしれないと。

竹門)そうですね。そして、そのポテンシャルが高いのはどういう場所かとか、どういう地形だとかいったことを判断していくという、そういう研究分野というのは必ずしもなかったので。

住田)なるほど。

竹門)それを工学としてつくっていくということが、環境防災学としては求められると思うんです。



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