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京都大学防災研究所 Presents

第13回 西嶋 一欽さん(京都大学防災研究所准教授)

「風とリスクとヤシの木と」(1ページ目/4ページ)
【聞き手 住田功一アナウンサー (NHK大阪放送局)】

フィリピンの台風災害の現場から

住田:去年11月にフィリピンを襲った台風30号、この台風では、亡くなった方が6千人を超えるとも言われていて、最大瞬間風速が90m/秒にも達した。猛烈台風だったということです。

 フィリピンでの名前が「ヨランダ」という台風でしたが、もっとも被害が大きかったレイテ島の支援を西嶋さん、今も続けていらっしゃるということですね。

西嶋:今年の1月に、京都大学の防災研究所で、調査チームを作って、被害調査に行ってきました。

 風で吹き飛ばされた建物たくさんあって、現地の建物を見ていると、工学的に設計とか施工とかされてない建物、現地の人達が手に入る材料を使って自分たちで作った建物がたくさんあって、そういうのを、我々は「ノンエンジニアド」っていうふうに呼んでるんですけれども、そういう建物の被害が特に多かった印象がありました。

住田:今研究室のパソコン上には、写真があります。これはフィリピンの現地のおうちの写真ですね。

西嶋:そうですね。これは、レイテ島の東海岸の、海岸沿いに建っている住宅ですね。

住田:屋根は、何でふいてあるんですか?

西嶋:これは、現地の人たちが“ニパ”って呼んでいたものです。

住田:“ニパ”ですか。そして壁は?

西嶋:壁は、模様があるのが竹を編み込んで作っている壁ですね。それと、木の板のように見えるのが、ヤシの木でできた板です。

住田:非常にシンプルな構造で、窓も格子があるだけという感じですね。

西嶋:ただ、質素なように見えますけど、やっぱりフィリピンはものすごい暑いところなんで、「ニパ」の、つまり葉っぱを干したものですけど、竹を編んだようなもので、屋根とか壁とかを作ると、通気性がいいんですね。だから、台風が来ないような時には、風通しがよくて、心地よい空間ができてるのかなって思います。

住田:ここに、いざ、その大きな台風、風が吹くと、やっぱり構造上は弱いということになりますか?

西嶋:ひとたまりもなかったでしょうね。軽い構造物なんで、風が吹いたら飛んでいってしまうんじゃないかと思います。それで、このまま同じような建物を作ると、また同じような被害が出てしまうので、なんとかならないかということで、技術支援というか、何かできないかなとやり始めましたところです。

住田:ということは、風に耐える構造、耐風構造がご専門ですので、最新技術、そして最新の部材で台風に負けない強い建物を作ると、こういうことになるわけですか?

西嶋:もちろん、そういう技術や材料を使えば、強い建物は作れるんですけれども、そういうふうなことを考えているというよりか、できれば、現地の人たちが手に入れられる技術、あるいは材料というものを使って、台風に負けない家が作られないかということを考えてます。

住田:えっと、いくつか部材などを使って風洞実験をしたものがあるそうですが、これですか?ちょっと見せていただいていいですか?

西嶋:これが風洞実験をやるための模型です。

住田:いま、手元に屋根の形をした、スチレンペーパーでできたものですかね、模型が出てきました。 

西嶋:現地の人は、台風が毎日来るわけじゃないんで、普段生活するときには、軒が長いと雨が家の中に入りにくいとか、日陰ができるっていうことがあるんで、軒を長くなったりしてるんですね。それが、台風が来たときには、逆に弱点になる。風を受けてしまいますので。
ですので、そのバランスをどうやってとるかということもあるんですけども、まずはそもそも風が吹いたときにどんな力を受けるのかというのを、軒の長さをいろいろ変えてみたりしながらみているということです。

6月の終わりくらいに、もう一回調査に行ったんですけれども、その時に現地の人達が実際に使っている建材、たとえばヤシの木であるとか、竹で編んだ壁であるとか、あるいは屋根ふき材に使ってたニパであるとか、そういうものをサンプルとして収集してきました。
たとえばヤシの木を釘で打ち付けたときに、それが接合部としてどれくらいの強さまで耐えれるのかということは、材料試験をやって推定します。そうすると、この模型ですけれども、これを実際のスケールに戻した時にどれくらいの風圧が作用してるかということがわかるので、それと部材の強度を合わせると、どれくらいの風速まで耐えられるかっていうことが、コンピューターの中でシミュレーション、計算できるのです。

伝統を継承しつつ、より災害に強い建物を

住田:伝統を残すと言う観点も大切だと思うんですけれども、安全の方を考えればそれもまた限界があるんじゃないかというふうにも思うんですが。

西嶋:僕は、伝統を残すというより、伝統を継承しながら、建物をより強くしていくやり方があるんじゃないかと、思っています。
というのは、コンクリートとか、鉄筋コンクリートで建物を作れば、丈夫にはなるんですけれども、そもそもそういう高価な建物に、貧しい人はなかなか住めないというのもあるし、かといって、今までみたいに台風が来るたびに壊れても仕方が無いという考え方で建物を作っていると、資本も蓄積されにくいとということがあります。

 では、どうすれば、現地の人たちに手に入る材料とか技術を使いながら建物を強くできるかってことを考えたときには、やはり、その伝統的なところから、その伝統的な材料とか工法を尊重しつつ、そこからより性能のいいものを作っていくために技術的な支援をするということが、合理的なんじゃないかなというふうに考えてます。

住田:なるほど、西嶋さんの専門分野には、「工学的意思決定論」っていうのもありますね、ですから、ひとことで言いますと、「風とリスクとそして意思決定」と、風に真っ向からぶつかるのではなくて、かといって、風に背を向けるのでもないと。
リスクと向き合いながら、その時、その場に応じた合理的な選択をしていく、その組み合わせをどうしようか考えるということですね。ですから現地にも足を運んで、いろいろな材料も手にとってご覧になるということですね。

西嶋:今回は、今年緊急に立ち上げた、1年限りのプロジェクトなので、予算も単年度ということなんですが、それで終わりにしたくないと思ってて、高度な教育とかを受けていない地元の大工さんとかでも、自発的に、自立して自分たちで、その施工とか監理ができるシステムっていうか、サイクルを確立したいと思っています。

住田:耐風構造、風に耐える構造というのがご専門の西嶋さんですけれども、新しい“風”を呼び込んでいこうということがうかがえます。ここからは、研究者になられたその経緯、あるいは、研究に取り組む上で考えたこと、そして将来の夢など伺っていきたいと思います。



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